子どもたちの「思い出の味」になりたい
砦は女性ひとりでも入りやすい店だね、とよく言っていただけます。特別女性のお客様を意識しているわけではありませんが、店の全ての要素、ドアやテーブル、皿、メニュー名に至るまで、お客様に食事を楽しんでもらえればと考えて選びましたので、そう感じていただけるのは嬉しいですね。
おしゃれな店、かっこいい店であるということよりも、入りやすいこと、過ごしてもらいやすいことがなにより大切。小さなお子さんをお連れのご家族なら、お子さんに食べさせてあげている間に麺が伸びないよう、親御さんのラーメンは作るのを少しお待ちするとか、そういったことは日常的にやっています。
僕にも子どもがいますが、小さい頃はご飯を食べさせるのも一苦労でした。同じように「せっかくの外食も、落ち着いて食事できなかった、という経験をお持ちの親御さんも多いのではないでしょうか。砦に来た時はぜひ、ゆっくり落ち着いて、家族での食事を楽しんでいただけるようにしたいですね。砦のラーメンが、家族で食べた思い出の味になれば、こんなに嬉しいことはありません。
僕は、子どもの頃からラーメンが大好きで、ラーメン屋さんに行くと、厨房をよく眺めているような子供でした。砦に来てくれる子たちにも、興味をもってほしい、触れてほしい、との思いから、ラーメンづくり体験や、製麺工房での麺づくり体験といった活動を行っています。小学校、中学校からの職業見学ももちろん大歓迎!食を通しての教育や地域への貢献といった意味合いはもちろんですが、それ以上に、子どもたちが「みんなでラーメン作ったよね、おいしかったね!楽しかったね!という思い出になればと思います。ひとりでも多くの子どもさんがラーメンに興味を持って、好きになってくれれば、僕もラーメンを作り続ける甲斐があります。
固定概念にとらわれない、
新たな試みが作り出す「砦のラーメン」
例えば、生野菜のサラダにドレッシングが欠かせないのは、ドレッシングに含まれる油と野菜を一緒に摂ることで、野菜に含まれる脂溶性のビタミンの吸収率がぐんと上がるからです。こんなふうに、一つの素材が料理になるとき、そこに添えられるもの一つひとつに理由があり、意味があります。
豚骨ラーメンのスープは、ビタミンB群、カルシウム、コラーゲンが豊富で、非常に栄養価が高い優れた食品です。僕は毎日でも食べられます(笑)けれど、ちょっと胃もたれしてしまう…という方もやはりいらっしゃいますよね。そういう時にはぜひ、スープに少しのお酢を足してみてください。風味が変わるだけでなく酢が油の吸収を抑えてくれ、胃もたれになりにくくなりますよ。豚骨ラーメンには決まって紅生姜や辛子高菜が添えられていますよね。それらにも、実はお酢が含まれていますから、一緒に食べると同様の効果が得られるはずです。
僕は、僕が大好きな豚骨ラーメンをできるだけたくさんの人に、できるだけ美味しく食べてもらうための工夫を常に重ねていきたいと思っています。砦では、白胡麻で味を、黒胡麻で香りを楽しんでもらうために2種類の胡麻を、胡椒は味や香りの異なる4種類の胡椒をブレンドしたレインボーペッパーを、それぞれひきたての状態で使っていただけるようにしています。麺も、太さの違う2種類の低加水麺を毎日製麺し、お好きな方を選んでいただけるようにしています。この麺は替え玉で食べ比べていただくと、微妙な喉ごしの違いを感じていただけると思います。砦らしさとはなにか、ということよりも、美味しく食べてもらうためにはどうしたらいいかを突き詰めて考え、様々な工夫を試していった結果、「砦のラーメン」というものが確立されてきたのではないだろうか、と思います。
博多、横浜、そして渋谷で。
故郷・富山への思いを新たに
僕は富山県の出身ですが、19歳の時から博多の一風堂さんで修行させていただき、のちに新横浜の一風堂ラーメン博物館店で店長として長く勤めさせていただきました。独立し、渋谷に自分の店を構えてからも、「麺の坊 砦」としてラーメン博物館に出店させていただくというご縁にも恵まれました。このラーメン博物館からは今年の1月に卒業いたしましたが、かつて「一風堂のラー博店店長」として勤めていた場所に自分の店を出せたということは、いま思い返しても本当にありがたく、名誉なことだったと思います。
この場所で営業を始めて、早いものでもうすぐ14年、オープン当時お腹の大きかったお客様は、いつしかお子さん連れで通ってくださるようになり、そのお子さんももう中学生です。初めてご来店頂いた時は小学生だったお子さんたちは高校生、大学生、社会人です。アルバイトとして勤めてくれた子や、砦をきっかけに飲食の業界に進んだ子もいます。時にはお客様と家族ぐるみの付き合いになったこと、転勤で遠方に引っ越されたお客様に数年ぶりに訪ねて来ていただいたこと…、嬉しい思い出は尽きません。やはり、長く居を構えているからこそ、皆さんに愛していただいたからこその喜びですね。
近頃、改めて感じるのは、僕の食に対する思いの根幹、食べることへの喜び、そして食事を楽しむ心というのは、富山のおいしい水やおいしいお米で培われたものだということです。故郷になにか恩返しがしたいという気持ちで、大好きな富山のお米や富山のお酒を取り寄せて、提供させていただいていますが、様々な人が訪れる渋谷区神泉という土地から、「麺の坊 砦」の思いを積極的に発信し続けていくことは、きっと、富山への恩返しにもなるはずだと信じています。
14年の区切りを前に、今後も、これまで以上にしっかりと腰を据え、ラーメンと、人と、そして渋谷という街と、向き合っていきたいと考えています。