50歳を目前にして叶えた
理想のレストラン
わたしがオー・プロヴァンソーをオープンさせたのは、7年前。ちょうど50歳の誕生日を迎えたあたりです。20年近く赤坂のフレンチにてシェフを務めてきましたが、どうしても自分の思い描く店をやりたくて独立。池波正太郎が好きだから、本の中に登場する四谷や室町あたりにと漠然と考えていたわたしですが、縁あって麹町に店を出すことになりました。
店名の「オー・プロヴァンソー」は、1970年代にベルギーのブリュッセルで修行していたときに出会った店からつけました。プロヴァンスの郷土料理を出すレストランかと誤解されますが、実は郷土料理は季節ごとに取り入れるくらい。それよりも、南仏の温かな雰囲気、明るくリラックスしたムードを感じる店にしたいと思って名付けました。壁のプロヴァンスイエローも明るくていいでしょう。気取らずに過ごしてほしいから、壁側の椅子はあえてベンチシートにしたんです。
そして、一番の自慢は奥のオープンキッチン。これがやりたくて独立したくらい思い入れの強いものです。お客様との距離が近いほうが、絶対に料理は美味しいというのが勝手なわたしの持論。だから、壁で区切ったキッチンで黙々と仕事をするより、お客様の顔を見ながら料理ができるオープンスタイルが理想でした。手元まで、仕事ぶりをすべてお見せすることで安心して召し上がってくださるだろうし。ここで料理をしていると、常連の方が「おー、中野さん食べにきたよ!」なんて話しかけてくださることも多く、とても幸せです。
素材の旨味を何倍にも引き出す
フレンチたる証であるソース
フランス料理がフレンチたるのはソースがあるからです。シンプルに焼いただけでも美味しい素材に、ソースを添えることで、何倍も美味しくなれるのがフレンチなのです。だから、オー・プロヴァンソーの料理にもたっぷりとソースが添えられています。また、基本、フレンチはワインに合わせる料理ですから、ソースにもお酒をたっぷり使っています。たとえば、定番料理のひとつ「ちょっと美味しいハヤシライス」には、10食分を煮込むのに、およそ2本の赤ワインを使用。ワインだけでなく、ときには日本酒を合わせるなど様々なお酒をブレンドし、ソースを作り出すのです。ソースに上品な香りとまろやかさ、そして美しい艶を出すためにもアルコールは欠かせませんね。
もちろんベースとなるフォンも大切です。毎日、魚介、子牛、子羊からフォンをひきます。こればかりは、丁寧に時間をかけてとるに限ります。 メインとなる食材のほかに、フォンやアルコール、スパイスなど、様々に組み合わせたソースを加えることで、やっと一皿が完成する。だから、フレンチはかけ算の料理と言われるのでしょう。
最近は、健康ブームも手伝って、フレンチでもシンプルで軽めのソースを提供するお店が増えています。昔と比べて、お客様の味覚が変化しているのは事実で、わたし自身、求める味が変わってきています。でも、ソースは軽くなっても、薄くなってはいけないというのがわたしのポリシー。オー・プロヴァンソーにいらしたら、ぜひ、ソースを堪能していただきたいですね。
お客様の幸せそうな
後ろ姿を眺めながら
以前、初めてオー・プロヴァンソーにいらしたお客様から、嬉しいお言葉をいただいたことがあります。
「店の前で幾度か、シェフがお客様を見送っている姿を見かけました。帰られるお客様がいつもニコニコと幸せそうな顔をしているから、きっとここは美味しいに違いないだろうって。だから、今日、来てみたのです」
確かにわたしはお客様が帰られるとき、ご挨拶がてら外までお見送りさせていただいております。お客様が笑顔で帰られる姿は、シェフとして大変ありがたく思うものですが、それをほかの方が興味を持って見ていらっしゃるとは。お客様がお客様を呼んでくださるとは、まさにこのことです。
もうひとつの嬉しい出来事は、「これを食べにきたんだよ」とメニューを名指しでおっしゃってくださるお客様が多いこと。
「ちょっと、あの舌平目食べたいから、中野のとこいこうよ」なんて言われたら、シェフ冥利に尽きます。そうやって根付いていけるよう、いつもメニューの3分の1は定番のスペシャリテで構成しています。一皿が、オー・プロヴァンソーを訪れる目的になってくれたら、本当に幸せなことですね。